Around 50〜NO DANCE, NO LIFE〜

アラフィフ、、、日々思うこと、実践している事、自分らしく生きる事

乳ガン 再手術細胞結果

朝一番で細胞結果を聞きに行った

結果はまたしても不合格

 

切り取った部分にもまたしてもガン

そしてそれが端っこまできていたのだ

素人目にもこの先にガンがあるってことは画像を見て分かる

 

Dr.Tからの説明をしっかり聞いた

私は次どうすべきなのか?

 

先生が最初から言っていた全摘出

 

もしくは

 

残っているのを分かって放射線で消してもらうか

私の場合25回の放射線をあてて

その上プラス5回追加であてるという

ただ50%の確率だという

 

先生はこの先ずっと私を診察し続けてくれると言う

でも普通ならこの病院は治療が終わったら

他の病院に行くよう診察室前に書いてある

 

先生は私が全摘しなかった場合

モヤモヤするしスッキリしないという

もし私が浸潤ガン転移ともなれば

先生を深く後悔させるだろう

先生は私が奥さんなら全摘出をすると

これは初診に私が質問した事

今回も聞いたが同じ答え

 

私「全摘しないと言ったら引っ叩く?」

T「奥さん怖いからできない」

苦笑い、、、

 

 

ステージ0 非浸潤ガン

全摘すれば放射線なし

完治

 

Dr.Tは申し訳ないと言う

何度も言うように先生は悪くない

ちゃんと説明は丁寧過ぎるほどしてくれている

その上で私がどうしたいかを私自身で決めてきたことだ

 

1時間近く話し合ったが私に結論は出ない

いつもなら直感で決められるのに全く降りてこない

でも念の為手術日を押さえておくことになった

 

前日に手術の空きを見たら1/10キャンセルが出たそう

それがなんと今Dr.Tが見直したらもう埋まっていたのだ

先生は他の看護師達に聞き回って

どうやらキャンセルした方がやはり手術を希望したそう

あーーーと憤りを感じていたが

理由が理由だから仕方ないと納得されてた

 

で、すかさず私が

私「これは手術を受けるなって事じゃない?」

T「そんなことないっ」とハッキリと返された

 

私「先生スピリチュアルなこと信じないんだー」

T 小声で「そんなことないけど、、、」

 

私「先生時間を下さい。今決められない。」

T「そうだよね。誰と話し合いたい?」

私「自分と」

T「素晴らしい」

 

結局だいぶ先の3/6を押さえ

キャンセルが入れば早めよう

 

握手を求めて診察室を後にした

なんで日本の文化にハグがないのか?

ここでハグでしょ?

安心感半端ないでしょ?

 

 

ここまで1時間

診察1番で後の方に申し訳ないという気持ちで

軽く会釈をした

 

ああああああああーーーーー

どうしよーーーーーーーーー

 

とにかく母が心配しているから電話した

母が電話口で泣くと

私も涙が出てきた

 

母より先に死ぬわけにはいかない

何故なら私にも大事な二人の子供達がいて

私より絶対に長く長く生きて欲しいからだ

私のエゴ

 

母の気持ちは痛いほどわかる

私が全部自分で決めてきたこと

言っても聞かないことも分かっている

でも母は全摘出して完治させて欲しいというのが願い

 

母の思いを聞いて

とにかく一週間あるから考えたいと言って電話を切った

 

このまま家に帰れない

スタバ行こう

 

仲がいいUちゃんが休みなのは聞いていた

よかったお休みで、、、

何故ならずっと泣いていたからだ

トイレで席で

サングラス外せなかったよ

 

でもこの涙がなんなのか分からないのだ

3度も手術になるかもしれないから?

でも、1度目、そして2度目でも全摘出は考えになかった

Dr.Tも受け持った患者さんの中で私のようなケースは過去に一人しかいないと

 

きっと2度目にはみんな最終的に全摘に決めているか

私のガンは思った以上に広がっていたからだろう

 

なんで私がー!とかそんな思いはない

じゃあ他の人だったらいいの?

そんな事はあり得ない

私が作ったガン

私なんだよ

 

じゃあなんで泣くの?

 

私だけの思いじゃないからかな

家族や友人も心を痛めているに決まってる

私が死んだら悲しむんだろうなーと思える存在がいることが有り難すぎる

 

心友は仕事で忙しいのは分かりすぎるぐらい分かっているのに

仕事中もメッセージで寄り添ってくれていた

寒いし疲れているのに仕事終わりに私の駅まで行くよと

 

そう、こういう愛が涙の原因なんだよ

私だけの思いじゃない思いが

目から流れていく

 

同室だった仲間は二人とも全摘出

すぐにLINEで報告

仲間のメッセージは心にまた染みる

来週退院後初ランチ

ゆっくりその時も話をしよう

 

家に帰って息子に話があると私のBedに呼び出した

 

泣いてしまったので息子も異変を感じていた

ずっと空気のように私が落ち着いて話し出すまで横にいた

 

時には考え込んで黙ったり

話し出したり

 

息子「ママみたいに生きている人僕は見たことがない。

どこの国でも親友を作って人生楽しんでるし

やりたいことをやってる。

山手線乗っていてつくづく思うけど

みんな顔が死んでる

ママとは全然違う」

 

私「そうだね、ママ、じゃあチリに行ってなーんもなくて

平々凡々な生活で今ガンじゃないのと

あのやりたいこと全部やってきて今ガンがある人生なら

絶対にこっちを選ぶ」

 

私「右胸にできたって事は授乳を集中的にしてきたほうだから

ママの子育てが悪かったからだわ。ごめんね」

これは昔から謝ってきた事

 

息子「僕は記憶がないし、そうは思わないよ。

罰でも何でもなくて運命なんだと思う」

 

私「そっかー私が決めてきたのかもしれないね」

私「Kはいいカウンセラーになれるよ」

 

息子「いや、むり」

 

電車の中が恐ろしすぎて関わりたくないらしい

未来の子供達に夢を失わせている大人達

悲しい世の中だね

 

娘には「全摘して欲しい、、、でもママは長生きしたくないんだよね、、、」

と号泣させてしまった

すまん娘よ

 

出来れば娘の可愛い孫とかも見てみたい

でもあんまりプレッシャーかけたくないし

万が一私が本当に早く亡くなった時

子供達には悲しんでほしくないからだ

ママはいつ死んでもいいと思えるほど

毎日精一杯に楽しんで生きてた

ママは人生に後悔がない

と思って欲しいからだ

生きているうちからの遺言

 

プチ糖質制限ももっと柔軟にやろ

 

久々に3人でコタツの中で食べたpizza

めちゃくちゃ美味しかったわ

 

 

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